歴史・日本国のあらまし

日本国のあらまし

関西(近畿)、中国、四国地方の17府県を管轄とする西日本にあるインドネシア共和国在外公館は1954年当時、神戸「領事館」として業務を開始した。1966年に当領事館は神戸市内のカトウビルに移転したが、収容人数の都合のため1994年により広いキアンダイビル(285平方メートル)に再度移転した。

活動の拡大に伴い、1973年に在神戸インドネシア共和国領事館のランクが在神戸インドネシア共和国総領事館に昇格した。1995年1月17日未明に発生し、兵庫県とその周辺地域を直撃、約440,000棟の住宅を破壊し、兵庫県の経済にまで打撃を与え、そして約6,300人もの人命を奪った阪神淡路大震災により、当領事館の入居していたビルが破壊され、約90%の事務所の備品、事務用具などが壊れ、総領事公邸の壁と塀にも亀裂が生じた。

これを機に、又西日本の経済中心が大阪であるとの理由に基づき、1995年5月1日に在神戸インドネシア共和国総領事館は大阪市内の御堂筋に面した、571平方メートルのりそな船場ビル(旧大和銀行船場ビル)6階へと移転し、「在大阪インドネシア共和国総領事館」として正式に名称を変更した。2016年4月7日から中之島インテスビル22階に移転した。

一方1962年にインドネシア政府が購入した土地面積628平方メートル、建物面積520平方メートルの2階建ての総領事公邸はそのまま神戸市内の御影地区に存続。総領事公邸から大阪の総領事館事務所までの距離は約30キロメートルである。

 

kecil web